Motionnet採用事例

神津精機(株):放射光施設向け装置への採用

1.はじめに

神津精機株式会社におけるMotionnetの採用事例について紹介する。弊社は1957年の創業以来、精密位置決めステージ、モンブランシリーズをはじめとして、さまざまなアラインメント装置や表面形状測定装置を製造している。一方、弊社の特注部門では国内外の放射光施設をはじめとした多くの研究所向けの特注装置を供給している。

神津精機の位置決めステージあるいは特注装置は、その位置決めの再現性に多くのお客様から評価をいただいており、私どもの強みは、その再現性を達成する機械設計と製造技術にある。そのような機械製造に軸足をおいた企業が、どのようにしてMotionnetを採用するに至ったのかを特注の放射光施設向け装置を事例に述べたいと思う。

2.放射光とは

本題に入る前に、多くの皆さまに馴染みがない放射光について、簡単に述べておきたい。放射光とは、加速器を用いて光速に近い速度まで加速した電子に、磁場をかけてその運動方向を変えるときに、その進行方向に放射される電磁波のことである。これは円形の加速器をもちいて作り出される。電子のエネルギーが高ければ、X線などのより波長の短い光が得られる。とても輝度が高く、また、任意の波長(エネルギー)が得られることが特徴である。


図1 NanoTerasu

わが国では、兵庫県西播磨地区に設置された大型放射光施設(SPring-8)、茨城県つくば市に設置された高エネルギー加速器研究機構の放射光実験施設(KEK-PF)、今春(2024年4月)から稼働を始める宮城県仙台市の3GeV高輝度放射光施設(NanoTerasu)などが知られている。図 1にNanoTerasuの遠景を示す。

近年、放射光の産業利用が進められており、タイヤなどに代表されるソフトマター、半導体、創薬、食品、文化財などの幅広い分野での応用的な研究開発が進められている。

3.分光器の役割

放射光のX線を使用した様々な実験を行う場合、多くの場合、特定の波長のX線だけを取り出す必要がある。この特定の波長のX線だけを取り出す代表的な装置が分光器である。神津精機では、日本で初めての分光器を東京大学原子核研究所に納入して以来、50年以上にわたって、放射光用分光器のリーディングカンパニーのひとつとして、国内外の放射光施設に多くの分光器を供給してきた。図 2に代表的な分光器であるNGM-RD1型の写真を示す。


図2 NGM-RD1型分光器

この分光器は主軸を回転させることで、平行な二枚の結晶に入射するX線の角度を変えて、特定の波長(エネルギー)のX線のみを取り出せるようにしている。図 2で左側にある放射光の光源からのX線は、まず下側の第1結晶で分光されて跳ね上げられ、同じ角度で上側の第2結晶で分光されて跳ね下げられ、このように二重に特定の波長だけを取り出して、より単色のX線を分光する。

このような分光器は、結晶を2枚使用することから二結晶分光器(DCM:Double Crystal Monochromator)と呼ばれる。このNGM-RD1型分光器は、21世紀の新しい分光器として試作され、この試作機を実用化したTX-DCM型分光器として、上述のNanoTerasuの二結晶分光器として採用されている。

分光器の基本的な動作は、主軸を回転させることにより、結晶へのX線の入射角度を変化させることであるが、主軸だけではなく、結晶の方向を細かく合わせるための軸や、分光器で分光された光が常に所望の高さになるように調整する軸が組み込まれている。

4.制御機器を開発した理由

弊社は、精密ステージの設計と製造に強みを持つメーカーであり、モーターコントローラーの開発の経験は豊富ではなかった。このような状況から、当初は「餅は餅屋」との考えに基づき、弊社の位置決めステージや上記のような分光器の軸制御については、制御機器メーカーのコントローラーを購入してモーター制御をしていた。

多様な位置決めステージの機械的な性能を最大限に引き出し、その位置決め精度を極限まで向上させるためには、駆動する各モーターを、それぞれのステージの特性に最適な駆動パラメーターで制御する必要がある。例えば、加減速のパターンや、エンコーダを用いた位置決めの処理などが挙げられる。

既存のモーターコントローラーを使用すると、機械メーカーとして制御したい細かなパラメーター設定が不足しており、その結果、位置決めステージや分光器などの装置の性能を十分に引き出せないというジレンマに直面した。この問題を解決するため、モーター制御システムの自社開発に取り組むことにした。

5. フィールドバスの必要性

3で述べたような放射光用二結晶分光器をはじめ、弊社の特注製品は、大学や国立研究所向けの研究用途の装置が多く存在する。このような装置は、日々の研究の進展によって、常に装置のアップグレードや改造を求められており、その制御系も、新たな測定ユニットの追加や調整機構の追加などに、柔軟に対応できる必要がある。

このような観点から、私たち神津精機のモーター制御システムには、シリアル通信を用いて、高速に各軸を制御するデバイスとCPUユニットと外部のインターフェースを柔軟につなぐフィールドバスが必要と考えた。この結果、開発されたモーター制御システムがMotionnetを採用したARIES/LYNXシリーズである。

6. Motionnetを採用した理由

ARIES/LYNXシリーズでは、そのフィールドバスにMotionnetを採用した。数あるフィールドバスの中からMotionnetを選んだ最大の理由は、通信に必要な機能が専用シリアル通信LSI「G9000シリーズ」にパッケージされているため、特別なハードウェアやソフトウェアを必要としなかったことが挙げられる。特にモーション制御LSIの「G9103C」は指令とデータの送受信だけで位置決め制御ができることから、開発の技術的なハードルが低かったことが、制御機器の開発経験に乏しい我々にとって重要な理由であった。

Motionnetには、サイクリック通信の応答速度の速さや、マスター側に高速な処理が必要としない等の優れた特徴があるが、われわれにとっては導入のしやすさが最大のメリットであった。図 3にARIES/LYNXシリーズの写真を示す。


図3 ARIES/LYNX

7. モーター制御システムのその後

このように、Motionnet を採用したことで、ARIES/LYNXシリーズは、順調に開発を進め、そのファーストロットを2013年には出荷した。ARIES/LYMXシリーズの2023年の出荷台数は2016年の約4倍になるまで急成長した。同時にMotionnetを使用したエンコーダフィードバックシステムLIBRA、分光器の各軸の電子制御に特化したSIRIUSなどの新たなデバイスもMotionnetの導入のしやすさを活かし次々に開発されて市場投入されている。

放射光を中心とした特注部門でも、先述した西播磨のSPring-8、仙台のNanoTerasuや量研機構など先端的な研究機関で多く採用されてきている。我々自身が、Motionnetを採用した理由は「導入・立ち上げがしやすい」であったが、これらの研究機関では、「サイクリック通信による入出力信号の応答速度が速い」ことも高く評価されている。

8. まとめ

モーター制御システムARIES/LYNXシリーズについて、特に放射光施設向けの特注装置の制御などを例に、神津精機のMotionnetの採用事例を紹介した。これまで述べてきたようにMotionnetはその優れた応答性や、汎用性の特徴も注目すべきではあるが、特に他のフィールドバスと比較して導入がしやすい点が大きく評価できるところである。